経営にデザイン的なアプローチが必要だ、という認識は広まりつつあります。
しかし、「実践している企業は?」 というと、それほど多くないのも現状です。
そこで今回は、2021年に特許庁が公開した「中小企業のためのデザイン経営ハンドブック」を要約するような形で、中小企業がデザイン経営を自社に活かすためには、どのように考えて、動いていけばいいかという点について深堀りしていきます。
すべての会社が同じセオリーに従っても、なかなか効果は出ません。
悩みを抱える企業が自分たちに合ったやり方を実践するために、「中小企業のためのデザイン経営ハンドブック」に掲載されている9つの「入り口」を紹介していきます。
「中小企業のためのデザイン経営ハンドブック」
https://www.jpo.go.jp/introduction/soshiki/design_keiei/document/chusho/chusho-handbook.pdf
■ デザイン経営とは?
デザイン経営とは、デザイナーのアプローチを経営に取り入れることです。
1.数字やビジネス規模ではなく、人間を観察する
2.顧客に寄り添いながら、企業ブランドを構築する
3.人の心を本気で商品やサービスを設計する
これらが、デザイン経営の根幹となります。
では、具体的にどう始めればいいのでしょうか?
「中小企業のためのデザイン経営ハンドブック」では「人格形成・文化醸成・価値創造」の3つのフレームで整理し、さらに9つの要素に分解しています。
■ Part1:会社の人格形成(キャラクターの確立)
①意志と情熱を持つ(MISSION)
デザイナー頼みのデザイン経営は決して長続きしません。
大切なのは、発注者側のの主体的な「意志と情熱」です。
・自社の使命(存在意義)を明確にしよう
・そのミッションをデザイナーと共有しよう
・本音をうまく合える関係を築こう
例えば、旭川の家具メーカー「カンディハウス」は、「旭川のものづくりを世界へ」という強いミッション(企業の社会に対する存在意義)を持っています。この思いが、世界のデザイナーとのコラボレーションを成功に導いています。
②歴史と強みを棚卸しする(IDENTITY)
自社の価値を再確認し、自社はなぜ存在するかを再認識するとともに、未来に向けた新たな価値を生み出すための軸を探します。
・会社の歴史を振り返ろう
・社員全員で会社の価値を共有しよう
・外部の視点も取り入れてみよう
神戸市の電子機器製造業「新和工業」は、デザイナーとともに自社のコーポレート・アイデンティティを確認することから始めました。会社の歴史を棚卸する過程で、社長の前職での経験も共有しています。こうして生まれた「ぶれない軸」が、新規事業への取り組みにも弾みがついています。
③未来を妄想する(VISION)
不確実性の高い時代、優れた技術やマーケティング戦略だけで競争優位を保つことは難しくなっています。ファンを増やし、維持するために求められるのはビジョン、つまりどんな未来を実現したいかを描くことなのです。
・「WHY(なぜ実行したいのか)」を考えよう
・共感する仲間を増やすことを意識しよう
墨田区の金属加工業「浜野製作所」は、「ものづくりの新たな価値を創造する」というビジョンを抱いています。この思いを現した「Garage Sumida」では、3Dプリンターやレーザーカッターといった最新のデジタル工作機器を備え、モノづくりスタートアップの支援も行っています。
■ Part2:企業文化の醸成(カルチャーの醸成)
④社員の行動変容を促す(BEHVIOR)
ミッション(存在意義)やビジョン(ありたい姿)を定め、企業の人格を明確にするだけでは何も変わりません。社員一人ひとりがその意味を理解し、日々の行動に取り込んで初めて、企業文化が醸成されるのです
・バリュー(行動指針)を定めよう
・リチュアル(慣習や仕組み)を作ろう
・社員が「自分ごと」として捉えられる工夫をしよう
環境に配慮した印刷事業を手がける「大川印刷」では、デザイナーとともに「思いやりと助け合いの精神」「団結力と一体感」といった7つのクレド(信条)を定めました。 さらに毎週、社員が持ち回りで好きなクレドについてエピソードを語る会を開催。こうした取り組みを通じ、新入社員でも社長に進言できるような文化が根付いています。
⑤社内外の仲間を巻き込む(COLLABORATION)
多種多様な知識や経験、ネットワークを掛け合わせることで、より人に寄り添ったモノやサービスが生まれます。
・チーム内で情報を発信、共有しよう
・心理的な安全性を高め、助け合いの文化を醸成しよう
・社外に向けて自社のビジョンを透明性をもって発信、共有しよう
佐賀県の貼箱メーカー「一新堂」は、「自社のもつ価値をクリエイティブの力で具現化・発信し、選ばれる企業になりたい」という未来像をデザイナーに伝え、自社のできること、できないことを誠実に共有しながら、議論を深めました。こうした姿勢により、次々と新たな事業が生まれています。
⑥魅力ある物語を発信する(STORYTELLING)
モノが溢れる現代、消費者は製品の「価格」や「質」だけではなく、「ストーリー」をより重視するようになっています。ストーリーを語ることが、顧客との強い絆を築く鍵となります。
・製品やサービスができあがった過程を語ろう
・社会貢献と目指す未来を伝えよう
・自分の歴史や思いを物語として発信しよう
「ヤマモ味噌醤油醸造元」の七代目高橋泰氏は、事業を継承する過程で「私たちの企業は一体何者なのか?」を深掘りしました。その結果、文化や歴史、地域に紐づく自社の強みを再発見。ウェブサイトを自らデザインし、同社の歴史や未来を目指し、地域貢献のための活動など、多様なコンテンツを日本語と英語で発信しています。
■ Part3:価値の創造(モノ・サービスの創出)
⑦人を観察・洞察する(INSIGHT)
人のふとした言動に目を向け、その人に共感し、ときに憑依して、その裏側にある心理を読み解く。こうしたプロセスを商品開発やサービス開発に取り込むことで、真に人々の心をつかむモノが生まれるのです。
・人のふとした言動に目を向けよう
・顧客の立場になって考えてみよう
・顧客心理を読み解く努力をしよう
1935年創業の靴下メーカー「昌和莫大小」は、自社ブランドのメインターゲットである市民アスリートとSNS上で交流する場を設けました。開発にも彼らのフィードバックを取り入れ、ヒット商品が生まれました。
⑧実験と失敗を繰り返す(PROTOTYPING)
アイデアを形にする過程で、「実験」と「失敗」を繰り返しながらそのフィードバックを取り入れることが重要です。
・顧客にアイデアを体験してもおう
・フィードバックを取り入れながら改善しよう
・つくりながら考えることを大切にしよう
建築金物を製造する「ユニオン」では、社長を含めた全社員が「失敗を恐れない」というマインドで製品を企画し、段階的にプロトタイピングをしています。そうしてできあがったプロトタイプに対し、社長や顧客のフィードバックを経ながら、完成品に仕立てていき、現在では3000種類以上のオリジナル製品が生まれています。
⑨心をつかむモノ・サービスをつくる(EXECUTION)
デザイン経営における「デザイン」の意味は、色や形といった意匠にとどまりませんが、意匠としてのデザインは不要かというと、そうではありません。美しいプロダクトや洗練されたウェブサイトは、ブランド価値を底上げする一定の効果をもたらします。
・美しさや使いやすさにこだわろう
・デザイナーと協力して質を高めよう
・感情に働きかけるデザインを意識しよう
幼児の遊具などを製造する「ジャクエツ」は、デザイナーや建築家、研究者らと共創コミュニティ「PLAY DESIGN LAB」を運営しています。プロダクトデザイナーの深澤直人らと企画・製造した遊具は、デザイン性の高さが評価され、多くのメディアに取り上げられました。
■ あなたの会社に合ったやり方から始めよう!
デザイン経営に正しい順番はありません。自社の課題に合わせて、取り組みやすいところから始めてみましょう。
・自社の課題を洗い出してみよう
・9つの入り口から、自社に合ったやり方を選ぶぼう
・小さな一歩から、少しずつ進んで行こう
デザイン経営は予算のある大手企業が取り組むものと考えがちですが、実は中小企業こそ取り組みやすい考え方なのです。
その理由は以下の通りです。
・社内の意思疎通が図りやすい
・一体化できる環境がある
・経営者の決断が直接反映される
一方で、デザイン経営には「経営層のデザインへの理解不足」「全社的な取り組みの必要性」「社員の意識改革」「長期的視点での取り組みの必要性」など多くの課題があるのも事実です。
デザイン経営の効果は、すぐには現れるものではありません。
しかし、諦めずに継続的に取り組むことで、以下のような成果が期待できます。
・顧客との強い絆の構築
・新たな事業の創出
・社員のモチベーション向上
・企業ブランドの確立
自社らしいデザイン経営を実践していくことで新たな価値が生まれるはずです。
あなたの会社も、デザイン経営の扉を開いてみませんか?
新たな可能性がきっと待っているはずです!